一息入れに、店の下の海岸を見ていたら、何か1メートルほどのものが7~8匹、水際を泳いでいる。

サメ(ドヂザメ?)だ。
よく見るとエイもいる。
このサイズのサメでもサーフィン中に見たら、ちょっと怖いかもしれない・・・、きっと足上げちゃうだろうな。
午後、時間ができたので、合気道ハイキングのタイム確認をかねて、清澄寺から麻綿原・天拝園へハイキングに出かけた。

清澄寺からは、およそ50分、歩きやすいコースで気持ちがいい。
あじさいもすでに見頃を迎え、見応えがあった。
毎日これくらい歩けるといいだろうな・・・。

妙法寺で発見した甘え坊主。
数日前から気になっていたのだが、海鳥(ミズナギドリ?)の死骸が、異常なほど打ち上げられている。
おととい昨日と、泳げない(飛べない)海鳥の姿をウェイティング中に見た。
パドルして近づくと、泳いで逃げようとするのだが、バランスを崩して、顔が潜る格好になってしまう。
いつものポイントだけのことかと思ったが、今朝行った千倉のビーチにもやはり死骸があった。
もしやと思い、googleで検索したら、九十九里でも同様だという。
海鳥に何が起きているのだろうか。
海鳥の異変は、そのままボクたちの異変へとつながる。
もう少し様子を見ていきたいと思う。
夏のような陽気に急きたてられて、午後、雑穀の種蒔きをした。
昨年からはじめた雑穀の栽培、今年はもちあわ、もちきび、ひえ、たかきびの4種類を播いた。
雑穀を自ら作ろうと思ったのは、岩手産などと売られているものの中には、実際には中国などからの輸入ものが多いとことを知ったのがきっかけだった。
はじめて挑戦した昨年は、コツがつかめず、思ったほど収量を上げることができなかったので、今年はきっちりと収量を上げたいと思いながら、丁寧に丁寧に、種を蒔いた・・・。
2005年2月16日の京都議定書の発効から、今日で1年となる。
それをテーマにした朝日新聞の広告特集「千年の再生」が、ちょっと面白かった。
中沢新一氏の「考え、そして行動してみる」がとても良かったので、少し長いけれどここに一部を引用しておく。
いま、社会のシステムから外れてしまった一部の若者たちは「ニート」と呼ばれ、その問題点ばかりがクローズアップされていますが、彼らはちゃんと現代の社会システムに疑問を感じている。そのマイナスの価値だけをとらえてしまうのはものすごい損失です。
では、どうすれば彼らに気づかせることができるかというと、神話を読ませるのがいいと思う。世界各地の、少数民族が語り継いできた後世に手の入れられていないもの。その背後にあるのは、いまの科学が伝達できないような、人間と動物、人間と自然の関係性についての哲学です。そこでは、人間と自然が一体であった時代が語られているんですね。動物が言葉を話すこともあれば、人間と結婚したりもする。それを知ると、いままでの認識がガラッと変わります。
そこを出発点にすると、工業とはなにか、経済とはなにかというのが、違って見えてくるはずです。現代人は、なかなかこの認識を受け入れられないんですよ。はじめから自然は語らないもの、沈黙しているものと思いこんでいるわけですから。
仕事の合間に昨日からスタートした NHK人間講座「サル学で見るヒトの未来」を見た。
講師は「ケータイを持ったサル」、「子どもはことばをからだで覚える」などの著書で知られる正高信男氏、
人間はすでに進化のピークから折り返しているのではないか、という視点が面白かった。
人間の狂気や暴力性を考えるとき、それは人間だけのものなのか、
それとも、人間も含むサルという生物の特徴なのか、この何年か考えることがよくある。
もちろん答えはまだ見つからない。
房総半島では、ニホンザルを目にすることはそう珍しいことではない。
すぐそばにいる彼らと、ボクたち人間の違い、そこには大切な何かがあるようにボクには思える。
録画しておいた昨夜の「素敵な宇宙船地球号」、
「ウミガメを呼ぶ浜 〜海と山をつなぐ砂〜」を見た。
海岸浸食でアカウミガメの産卵の場が激減しているという。
海辺で暮らしていると、実感としてアカウミガメの産卵が減っていることが理解できる。
年々、「あ、アカウミガメが産卵したんだ」と思う景色に出くわすことが減っている。
思いかえしてみれば、今年は一カ所も見ていない。
アカウミガメにとって、日本の太平洋岸は北太平洋で唯一の産卵地だ。
人間の欲望のままにさせておいてはいけないだろう。
ダムが砂を貯めることでおきる様々な現象を、
いろんな角度から見ていかなくてはいけないのだろう。
孵化して必死に海へと向かうアカウミガメの赤ちゃんを見たことがある。
もう10年も前のことだが、その光景は今でも忘れられない。
来る波に戻されても一歩一歩海へと向かう姿に、
生命が持つ根源的な強さを見た思いがした。
(↓この写真はその時撮った一枚↓)

砂は自由だ。そしてアカウミガメも自由だ。
その行き先や未来を決めるのは、断じて人間ではない。
日常の雑事に追われているうちに、4月も半ばになろうとしている。
今朝には台風1号のスウェルも届き、明日には平砂浦あたりでもファンウェーブを楽しめそうだ。
晴天の暖かな朝、遠くから届く台風のうねりを楽しむことは、年に一度あるか無いかの愉しみだ。
Link→ デジタル台風: 台風画像と台風情報
例年よりずいぶんと遅れて、庭にメジロのカップルが姿を見せた。
普段なら12月には姿を見せるのだが、この冬はなかなかあらわれずに少し心配していたところだった。
メジロの可愛らしい緑色が妙に嬉しい。

メールマガジン世界の環境ホットニュース(GEN)290号の記事がすごい。
排水に含まれるカフェインが分解されず、海のカフェイン濃度が高くなっているという。記事にはこうある。
「排出源になっているのはコーヒーやコーラ・薬品で、家庭、喫茶店、会社が8割、製薬会社が2割と考えられています。」
マンガのような話だが、恐ろしいことに現実の話だ。魚介類や海洋ほ乳類、サーファーやダイバー、マリン・スイマーにとっての影響が気になるところだが、このことは決してカフェインに限ったことではないのだろう。「地球は人間のものではない」のだが・・・。
山の木々がきれいに紅葉している。
南房総に暮らして10年、今までにこんな鮮やかな紅葉を見たことがない。最低気温の関係から、温暖な南房総では普段は著しく紅葉することはない。同じ理由から、春の桜の開花もずいぶんと遅くなる。温暖であるということは、悪く言えばだらだらとして季節にメリハリがないということでもある。
普段見ることのできない美しい光景は大歓迎なのだが、その原因が今年の天候不順にあることを考えると複雑な気分になる。これで台風が上陸なんてことになったら、いよいよ考えなくてはいけないのかもしれない。
おととい海沿いの畑で、今年最初のイモ掘りと落花生の収穫をした。写真にあるのは種子島紫とシモンの二種類、どちらもしっかり育ってくれた。(Powerbookが異常をきたし対応に追われているうちに二日も経ってしまった。昨日の月も綺麗だったが・・。)
イモ掘りをすると、もう秋も本番なんだとしみじみ思う。夏の過酷な畑仕事とは違った、秋ならではの静かな悦びかもしれない。
家の裏で自然薯のものらしきむかごを見つけた。
きっとニセイモだろうと思ったが、どうやらホンモノらしい。
ニセイモは 葉が互生(互い違いに生える)
自然薯は 対生 (同じところから左右に生える)
ニセイモは 葉が丸みをおびたハート形
自然薯は 葉が尖り切れ込みがするどい
そして、
ニセイモは 蔓が左巻き
自然薯は 蔓が左巻き という違いがある。
ひとつひとつ条件を当てはめていくと、不思議とクリアしていく。
掘りあげるまでにはまだ時間があるが、この秋の楽しみのひとつだ。
台風が南海上を離れて通過してくれたおかげで、畑の作物への被害は少なくてすんだ。とはいっても、やはり台風は台風、昨日今日と台風の後始末に時間をとられた。倒れたワタやハトムギなどを、一本一本立て直していく作業は時間と手間がかかる。肋骨は今でも痛いが、だましだましやっていくしかない。
ファーマーとしては、「今年の台風はこれでおしまい」にしてほしいのだが・・・。
ナタマメが次々に実っている。うりずん(シカクマメ)やエビスグサなどいろんなマメを育てているが、ナタマメの姿には圧倒される。写真で見るとただのインゲンに見えるが、実際の大きさは25センチ以上もある。まさに、ナタがぶらさがっているかのようだ。
マメはそのかわいらしい姿がなんともいい。それにマメ科の植物の根に集まる根粒菌の働きは土を豊かなものに変えてくれる。マメ食はこれからはもっともっと見直され、また必要とされていくことだろう。
ヒトが際限なく増え続けている。「MATRIX」ではないが、その勢いは哺乳類のそれをとうに超えてしまっている。食糧問題の答えをボクは遺伝子組み換えに求めたくはない。マメ食には、何か希望があるようにボクには思えるのだ。
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今日は中秋の名月、昼間は真夏の暑さだが、夕方からはいくらか秋らしくなってきて、虫たちの声がなんとも気持ちいい。
東京で暮らしていた頃はお金を払って買ってきていたススキも、このあたりでは道ばたにいくらでも生えている。海に映る月の輝きを見ていると、ここに暮らしていることがかけがえのない幸せに思えてくる。
「足ることを知る」というのは、こういうことなのか、そんなことを思いながらの月見も悪くないものだ。
今日、いよいよワタの収穫がはじまった。毎日のようにはじけたワタを収穫していく、そんな作業が今日から12月まで続いていく。
コットン(ワタ)の栽培は奴隷制度や産業革命など、近代の歴史の大きな問題と深い関係を持ってきた。分業化や機械化、資本の独占など、ワタから考え直すことで、今一度歴史を見つめ直すことができるんじゃないかと、ボクは思っている。
バリ島の人々が農民や漁民であり、同時に画家やミュージシャンであるような、人々が分業化ではなくマルチに活躍する社会にこそ、惑星のネイティブとしての暮らし方があるんじゃないか、ずっとそんなことを思っている。
衣・食・住のすべてに関わって生きること、そこにしっかりと立って精神や肉体をベースにアートやクラフトを産み出していく、そんな半農半アートな生き方にボクは強く惹かれてしまうのだ。
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昨日から梅を干している。昔からこの列島の人々がそうしてきたように、ボクのところでも文字通り梅雨のあいだ漬けて、土用のよく晴れた3日を選んで干している。梅雨明け10日という言葉もあるように、普段なら梅雨明けと同時に(自分の都合とも相談して)まる3日、太陽に干し、夜露に当てることができるのだが、今年は今になってやっとだ。暦の上ではすでに処暑、暑さも終わりだというのに。
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ボクの家には、カニも暮らしている。家の外には、プランターや鉢のまわりにそれはたくさんのカニがいるが、夏場はそのカニたちが家の中にも侵入してくる。特に風呂場にいることが多く、湯船の中に人知れずたたずんでいたりもする。
以前は、ムクドリやツバメの巣があったし、シマヘビが屋根裏にひそんでいたこともある。これこそ「自然との共生」のような気もするが、都市での密閉された環境とは正反対のオープンな住居ゆえのことだろう。これもセキュリティを意識する必要が少ないからなのだが、これはこれでなかなかいいもなのだと、ボクを威嚇するカニの姿を見ながらしみじみ思った。
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このあたりでは、8月になるとエビ網を使った伊勢エビ漁が解禁になる。夕方網を仕掛けて、翌日の早朝に網を引き上げる。後を継ぐ者のいないこのあたりの年老いた漁師たちにピッタリのシンプルな漁だ。組織化され機械化された漁業にはない、感と経験だけの世界だ。手がかかるのは漁の後、網にかかったエビやサザエをはずす時で、親戚や夏休みの子供たちの手伝いがかかせない。
出荷されるエビ以外の、小さなエビやサザエ、傷ついたエビなどは自家用やおすそわけとして重宝される。海辺で暮らす大きな楽しみの一つが「海の幸」のおすそわけ、買って食べるのとは明らかに違う、幸福感がここにはある。これは、目の前の海からの、文字通り「海の幸」なのだ。
妙に涼しい、肌寒いくらいだ。こう涼しいとネコがヒザに乗ってきて足がしびれる。南房総全域で真昼の気温が20℃を下回っている。こんなに肌寒いお盆なんて、今までの人生の記憶にない。一言でいって、やはり異常なんだろう。異常気象の「異常」が、こうも「異常」だと妙にリアリティがある。いつも以上に暑い夏よりも、どうにも肌寒い夏のほうがボクには不気味に思える。聞いた話ではクジラたちの動きも例年にない動きを見せているという。海では冬によく見かける鳥たちの姿を目にする。このあたりで真剣に考えておくことが賢明なのかもしれない。愚かな行いのツケがこんなに早く回ってくるなんて・・・。東京の平均気温はこの100年で3℃高くなったという。氷河期でさえ平均気温の差は4.5℃だから、その数字がいかに異常かがよくわかる。
今必要なのは絶望ではなく、希望。こんな肌寒いお盆休みはやっぱりイヤだ。自分にできること今一度ちゃんと考えよう、今日はそんなことを思った。
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スイカをよくもらう。通りがかりにもらったり、わざわざ届けに来てくれたり、ホントにスイカをよくもらう。旬といえばその通りなんだけど、同じような条件で作られるスイカは実をつけるピークも一気にやってくる。自家用の畑とはいえ、とても食べきれないような収穫があがるものだ。ボクのところでもキュウリ、ズッキーニ、トマトなどの夏野菜が、毎日食べても食べきれないほどの収穫がある。自然の恵みが自然の攻撃に思えるときも、正直ある。
反面、口に入ることなく終わっていく野菜もある。トウモロコシがそうで、きっとタヌキが毎晩のように食べに来るのだろう。このままいくと今年も一本も食べられないかもしれない。
おばあちゃんのスイカがボクのところへ来る、ボクの畑のトウモロコシがタヌキのものに・・。見方を変えれば、これもまた自然の循環なのかもしれない。
台風が近づいてくる。まだまだ遙か遠い海上にはあるが、夕方になって、その姿を身体感覚として感じることができるようになった。
子供の頃、ボクは台風の接近する夜が大好きだった。そこには、身体の中から台風に感応する身体的な快感があった。こっそり家を抜け出して、台風支度でひっそりとした夜の商店街を歩くのが、何よりも好きだった。なま暖かい風が、何かいつもとは違う「空気」をボクに感じさせてくれたからだ。
ボクの生まれ育った東京の下町は、その海抜の低さから床下浸水などの被害も多く、玄関に砂袋を積んだ記憶も鮮明に残っている。
そんな記憶から30年近い時間が流れた。南房総で暮らすようになって10年、およそ5年に一度は台風の直撃による被害があり、都会では見ることのできない暴力的な自然の破壊力を痛感させられる。温暖な気候も与えてくれるが、数年に一度は被害もある。そのことを受け入れることが、ここでの暮らしには大切なのかもしれない。