朝、海へ。
早朝から気温が高い・・、すっかり夏の朝だ。
うねりに力はないが、干満の差が大きいのでタイミングによってコンディションが決まっている。

誰もいない朝の海で1時間ちょっとサーフィン。
今日は朝から畑仕事。
雨が降り出すまでにどれだけの仕事をこなせるかが今日の課題。
幸い、昼過ぎまで天気がもってくれたので、予定の仕事は無事完了。
午後、晴耕雨読とばかりに、浜野安宏「新質素革命」を読む。
私が主張したいのはボパティズム(貧乏主義)ではない。単純に清貧の美学や倹約の勧めなどというレベルの低いことを書こうとしているのではない。
地球に生き続けていくためのハイセンスで、あらゆるテクノロジーを使いこなした、もっと別のライフスタイルの探求と生活デザインを生真面目に模索し、積極的に試行錯誤をしながら、頭で描き、手で書き、足で確かめているのである。
かなり同感の一冊。こんな一節もいい。
何かに支配されないと生きていけないような人間に居直るのは、もうやめよう。
じゃあどうしたらいいかって?
生真面目に自分を見つめて、毎日の生活を、地平から離れずに楽しんで生きればいい。
「平常心是道也(へいじょうしんこれみちなり)」
たまに澄み切った自然の川を見続けたほうがいい。川は上から下にしか流れない。
「如水」
身体に染み込む言葉だ。水の如く、ただ在れ。川とともにただ在れ。
サーフィンのグル、ジェリー・ロペスも同じようなことを言っている。
「Just Flow With It」
それの、つまり最高の波の命ずるままにただ浮かんでいろ。
波の何たるかを体得している人間、どうしたら波とともに自然に漂えるかがわかった人間だから言える言葉なのである。
いつでも自分でいられて、新しい変化にごく自然に応じられるようになること。ただ自分で在りきることが、変化を呼び込み、新しい状況を巻き起こすのである。
質素革命の基本は自然に素直に、喜びをもって、ただ在ることなのである。
偶然のロペスつながりだが、真実はまさにそこにあるのだろう。難しいことだけど・・。
昨夜、ビデオテープの整理をしてところ、「彼らの海Ⅲ サーフィンの神様に出会う旅」を見つけ、ついつい見入ってしまった。
敬愛するジェリー・ロペスの名言がいっぱいの番組だが、極めつけの一言を引用する。
上手になるということは、君自身がサーフィンになることだ。
頭の中だけでなく、すべてがサーフィンになること。
君自身が海の一部になり、君の内部が波や海やすべて(自然)と繋がること。
そのための方法は、そういう存在になることなんだ。
サーフィンはするんじゃない、なるんだ。
朝、海へ。
海からの霧が出ている。
このあたりの夏の特徴的な風景だろう。
サイズはヒザオーバーといったところだが、形良くブレイクしているのでいろいろできる。
視界は悪いが、なかなか楽しい。

今日は夏至の日。
世界中の特別な場所で、多くの人が地球と太陽と自分の関係を見つめ直し(調整し)、平和のために祈りを捧げる日だ。
ボクも、海の上で、この惑星の平和と健康を祈った。
今日は鴨川で合気道。
見学に二組来ていただきました。
一汗かいた後のビールはもう麻薬です。
ツマミは朝採ってきたカメノテ。
(採りきってしまうとなかなか回復しないので採りすぎ注意。)
この海辺暮らしの幸福感は、きっと縄文から変わっていないのだろう・・・などと考える。

日没前に、海へ。
サイズは一気にダウン、まるで真夏のようだ。
インサイドのショアブレイクで、千本ノックのようにテイクオフし続ける・・・。
それはそれでまた楽しい。

日没まで1時間あまりサーフィン。
朝、海へ。
サイズは上がっているが、サイドの風が吹き、落ち着きがない。

ワールドカップのせいなのか・・、週末なのにサーファーの姿がない。
走っている車もかなり少ない・・。
曇り空の下、1時間ほどサーフィン。
朝、激しい雨の音で目が覚めた。
家から見る海は大時化、準備もせずに海へ。
ほぼクローズド、夕方に期待して引き返す。
一仕事終えて、夕方の海へ。

早い回復で、グッド・コンディションに・・。
暗くなるまで1時間半ほどサーフィン。
午後、少し時間ができたので、らっきょうを漬けた。
手間のかかる下ごしらえも、ゆっくり音楽を聴く時間なのだと思えば、そんなに悪くはない。
そろそろ梅仕事にもかからなくてはいけないな・・・。
まさかポール・サイモンのCDを買う日が来るとは思わなかった・・・。
しかし、イーノとの共作となれば買わないわけにいかない・・・。
そしてこれがなかなかいい。
現在ヘビーローテーション中。
昨夜の合気道演武会の打ち上げで、なぜか小津先生の話で盛り上がった。
かつての日本人の美しい所作は、今もはや武道や伝統芸能の中にしかないのかもしれない。
今日は、小津先生関連の二作品を久しぶりに見た。
ひとつは、アッバス・キアロスタミ監督の「5 five~小津安二郎に捧ぐ~」。
ひたすら続くのは、海の映像だけ・・、東京物語」の老夫婦が眺めている海をテーマに撮られれたこの作品、評価は二分しているけれど、ボクにとっては間違いなく傑作のひとつだ。
もうひとつは、ヴィム・ヴェンダース の「東京画」。
2003年12月、ボクはこのブログで「東京画」についてこう書いている。
映画が公開された1985年、この国は狂ったように消費を謳歌していた。けれども今は違う。「年収300万」が流行語に選ばれる時代だ。今ならヴェンダースの言葉もより多くの人のもとへ届くことだろう。テレビから流れるイラクへの自衛隊派兵の映像に、ヴェンダースの言葉が重なってくる。妙にリアルだが、これもまたヴェンダースの映画のワンシーンのように思えてくる。
ここでいう「ヴェンダースの言葉」とは作品中の、以下のもだ。
眠りにつきながらふと考えた
いまや どこでもー
世界の中心をなすのはテレビという代物だ
テレビが世界にあふれるほど
「世界」も「中心」も「世界のイメージ」も
ますます ばかげたものになっていく
どうやら、世界はますますばかげたものになっていくようだ・・・・。
朝、海へ。
昨夜は、鴨川の名店「ヨシダ」にて、一月遅れの演武会の打ち上げだったので、すこしだけ寝坊。
サイズがあると週末でもサーファーの数はそう多くはない。

腕が疲れるまで、たっぷりサーフィン。
こんなのあったのか・・・、知らなかった。
Yahoo!スポーツ サーフィン
http://outdoor.yahoo.co.jp/surfing/index.html
朝、激しい雨と風の音で目を覚ます。
今朝は無理そう・・・、その音で判断した。
ゆっくりめに用意もせずに、海へ。
思ったより荒れたコンディションではないが、風が強く、立っていても身体が揺らされる。

今後に期待して、いったん帰宅。