January 30, 2004

緑色のマウス

使っていたマウスの接触が悪く、イライラさせられることが多くなってきた。
ガマンの限界を超えたので、久しぶりにマウスを変えてみた。
ボタン数やスクロールボタンの関係でアップル純正マウスを使わなくなってからは、
マイクロソフト製のマウスを使っている。
決して好きな会社ではないけれど、Mac用のマウス・メーカーとしてはなかなかに優秀だ。
軽さと小ささが今までになく軽快で、まるでマウスが「無い」かのようだ。


Microsoft Compact Optical Mouse Lime Green


January 29, 2004

デビッド・ボウイ

一昨日の夜、NHKーBSで放送していたデビッド・ボウイのライブが良かった。
2002年パリでのライブだったのだが、ナチュラルなボウイの姿が実にカッコよかった。
デビッド・ボウイに「ナチュラル」という形容詞を使うことになるとは思ってもみなかったが、
それ以外に言葉が見つからないほど「自然」な輝やきに溢れていた。

ボクが若かった頃、彼は何をやってもカッコよかった。
バロウズやイーノ、ミニマルやコンセプチュアル・アートなど、
彼を通して知った多くのことが今のボクに大きな影響を与えている。

その後、何をやってもパッとしない時期が長く続いていたが、
どうやら、その時期を見事に乗り切ったようにボクには見えた。
かつてはなかったナチュラルさは、むしろ以前よりもいっそう魅力的ですらあった。

January 28, 2004

ダン・グレアムによるダン・グレアム

千葉市美術館で開催中の「ダン・グレアムによるダン・グレアム」展へ行ってきた。
ずっと見たかったダン・グレアムによるドキュメント「Rock My Religion(ロック・マイ・リリジョン)」を見ることができたのが何より嬉しい。
70年代のビデオ・インスタレーションも(手法としてはすでに一般化しているが)、同じく70年代のインスタレーション「公共の場所/二つの観客」と同時に見ることでさらに貴重な経験となった。

ミュージアムへ足を運ぶのが会期終了間際になることが多くなってきたのは、きっと年齢のせいなのかもしれない。
まだまだ語るべきことの多い作家の展示を見終わって、ふとそんなことを思った。


会場で配布された「まんがダン・グレアム物語」

January 24, 2004

マイケルムーア

マイケル・ムーアのウェブサイトmichaelmoore.com日本語ページがいつの間にかオープンしていた。

マイケル・ムーアのblogがあったらいいな。

January 21, 2004

「だってみんなひとりだろ」

ぼのぼの 24巻をやっと手に入れた。
読んだ。
深い、あまりにも深すぎて、哲学書として読むことさえできる。
今読むべき一冊が、間違いなくここにある。

「ぼのぼの」を読んでいて浮かんできたフラー博士の言葉を。


世界中のベッドと寝室は、一日の3分の2は空いている。
自動車も一日の6分の5は誰も乗っていないし、動いてもいない。
この無駄にはふたつの大きな理由がある。
ひとつは、われわれは何をやるにしても、最大の負荷を想定するからである。
ふたつめは、「所有すること」が正当であることを示すためだけに
使う物を「所有」しようとすることが多すぎ、またそのための物が溢れているからである。

                      バックミンスター・フラー

 

January 15, 2004

メジロ

 例年よりずいぶんと遅れて、庭にメジロのカップルが姿を見せた。
普段なら12月には姿を見せるのだが、この冬はなかなかあらわれずに少し心配していたところだった。
メジロの可愛らしい緑色が妙に嬉しい。

January 11, 2004

ジャック・モイヤー博士

 昼のニュースで、ジャック・モイヤー博士が自殺したことを知った。
10年あまり前、ボクは博士と同じボートで御蔵島のイルカを調査したことがある。
調査といっても、ボクの場合はウォッチング程度だが、三宅島から来た博士の態度はまさに調査そのものだった。

 昨年12月、ボクは最愛のネコを失った。5日前には雪国に暮らす親友が交通事故で逝った。
今までリアリティのなかった「死」というものが、絶対的なリアリティを持って、突然、目の前に現れてきた。

 病気、事故、自殺。命はいずれ終わる。「今ここ」にしっかりと生きること、今ボクにできるのはそのことだけだ。

January 10, 2004

YES

 水戸芸術館で開催中の「YES オノ・ヨーコ」展に行ってきた。

 前衛であり続けること、決してたやすくはないそのことを成し遂げてきた作家だけが持つ、潔く清々しい美しい世界が感動的だった。


 

「芸術家の仕事は社会の価値を変えること、(中略)崩壊によって変えるのではなく、
  価値を変えることによって変えるということ、つまりあるものを壊さずにそのままにして、
  しかもその価値を変えることで社会を変えるということが大切だと思いますね。」
  オノ・ヨーコ・インタビュー 「美術手帖」1972年1月号


January 01, 2004

相手の言うことを聞く

 大晦日、「ゆく年くる年」からニュースをはさんで放送された「年越しトーク 心に灯をともす」が良かった。養老孟司さんが実におとなしく見えるほどに、犬養道子さんがカッコよかった。年明け一番のプログラムとしてこの二人の対談を流したNHKに拍手を送りたい。

 祖父をテロリストに殺害されるという経験は、ともすると怒りや憎悪の悪しき連鎖に身をまかせそうなものだが、彼女、犬養道子さんはいとも簡単にその悪循環を断ち切って生きてきた。昨年の大河ドラマ「武蔵」においてもテーマとなったこのことは、アフガン・イラクと混迷を深める今、ボクたち人類に突きつけられた最大のテーマだろう。

 彼女が番組中に何度か口にした言葉、「相手の言うことを聞く」という言葉が耳から離れない。

「相手の言うことを聞く」・・・、「相手の言うことを聞く」・・・・。


 昨年末の「オノ・ヨーコから、新年を迎えるにあたっての平和メッセージ」の一節と重なって
ボクの心に重く重く響いてくる。


なぜなら愛の反対は憎悪でなく恐怖であり、知恵の反対は愚かさ
でなく混乱であり、二点間の最も短い距離は、私たちの希望と
揺るぎない信念なのです。

    「オノ・ヨーコから、新年を迎えるにあたっての平和メッセージ」(抜粋)

 素晴らしい人から発せられる言葉は、まるで滝や海のように、こころと身体をきれいにしてくれる。